毎年12月12日、清水寺で発表される… [2007]
毎年12月12日、清水寺で発表される今年の漢字。
2007年は「偽」
私にとってはどんな年だったろうかと、今年振り返る。
「悩」!!
この字に尽きるね。
せいやの親友の転校の話を聞いて息子の落ち込みを心配したり、
新しい担任に、私の気持ちを理解してもらえず胃が痛くなったり、
そしてここにきて、中学校進学で問題が発生し、眠れない日々を過ごしている。
せいやが事故に遭ってから、私の悩みは尽きる事はないけれど
それにしても今年は悩みっぱなしで疲れたわ。
中学の件は来年まで持ち越しなので、暫く悩みは続くけど、
2008年は良い年にしたいなあ。
つい先日、太ももの筋肉を培養して… [2007]
つい先日、太ももの筋肉を培養して細胞シートを作り、心臓が回復したというニュースがあった。
心臓移植しか方法が無かったのに、自分の細胞で助かったのだ。
21世紀は再生医療の世紀だ、と言われている。
そして、せいやにも大きく関係する「万能細胞=ips細胞」も、開発された。
これにより、再生不可能といわれていた中枢神経が作られる日も近いと信じたい。
そして、せいやの脊髄神経も繋がり、呼吸器を外し、
自分の足で歩けるようになるのをどれほど待ち望んでいることか。
そんな希望の星、ips細胞の開発成功のニュースは、
当然ながら沢山の人にとってもビッグニュースなのだ。
事故により、親指を第一関節から無くした方が
「もしかしたら自分の親指が作れるかもしれない。
諦めていたけど、希望が持てるようになった。
指が無いのは不便だ」
と話していた。
不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、
(そうだ、親指が無いというのは不自由なんだ)と再認識した。
当然ながらその方は、一見して障害を負っているとは分からないし、
日常生活をなんら差し障り無く送っているように感じていた。
でも胸の内には、不自由だから治したい、という強い想いがあるのだ。
その気持ちを目の当たりに感じて、はたしてせいやはどんな想いを秘めて
日常生活を送っているのだろう、と想像すると胸が締め付けられる。
どうか…一日も早く、せいやに朗報が届きますように。
マラソン大会があった。 [2007]
マラソン大会があった。
せいやは入学以来、ずっと走っているので今年で5回目。
普段せいやの車椅子を押すのは介助の先生だったり、看護師さんだが、
マラソンの時は距離が長いので、担任の先生と交代しながら走る。
せいやの担任は毎年変わっている。
「せいやくんの車椅子を押しながら、いままでの先生もこうしてきたんだなあ…と思いました」と今年の担任。
なんだか私もせいやの後ろに歴史を感じてしまった。
マラソンのコースには芝が生えていて、車椅子は一層重くなる。
かなりの重労働だが、どの先生も担任として「当然のこと」として走ってくださった。
せいやと一緒にいると、人の輪の大切さをいつも痛感させられる。
医療関係者向けの講演を頼まれ… [2007]
医療関係者向けの講演を頼まれ、せいやの話をしてきた。
いままでも数回、こんな依頼を受けてきた。
何故私のところに話をしてくれと来るのかと言えば、呼吸器を付けて地元の小学校に通っていることがどんなに稀であるかに尽きると思う。
それにせいやはとても元気で、周囲の理解や協力も得られている。
改めて考えると、なんて恵まれているんだろう。
私の拙い話に、みなさん共感、そして感動していただいて私自身大きな励みになった。
最後の質疑応答で「力を貸してくれない病院や周囲への恨みは無いですか?」と聞かれ、ハッとした。
恨みなんて感情は、持ち合わせていなかったからだ。
その時はうまく表現出来なかったけれど、終わってからも暫く頭から離れなかった。
確かに、事故を起こした加害者や、関係した周囲の無理解、浴びせられる差別的発言や態度…
恨むような出来事は、普通の人の何倍、何十倍も経験してきている。
でもいちいち、それを恨んでいたら身が持たないし、エネルギーの浪費だ。
その分、私に何が出来るかを考えたい。
それに人というのは忘却する生き物だ、嫌なことなんて忘れちゃったなぁ~。
そう思える私って、結構幸せものかも?!
信じられないようなホントの話。 [2007]
信じられないようなホントの話。
先日、友人から「せいやくんをケアする看護師さんを探してるんだってね」と聞かれた。
はあ~???何のこと???
事情が呑み込めないでいる私に
「○○さんが言ってたけど…」
その○○さんによると、「この前の授業参観だったか、懇談会だったかにうわさになってた」らしい。
えぇ~!!!そんなこと言ってないよ!!!
ちなみに○○さんのクラスはせいやともすばるとも違うクラスだ。
結局のところ、さかのぼる事1年前…
妊娠の為、急に退職された看護師さんの後任を探していた時の話が、
今頃になって再浮上したらしい。
人のうわさとは恐ろしいものだ。
でも同時に、小学校の多くの父兄が、せいやのことを気に掛けてくれているんだと
実感できる出来事だった。
そして友人の、こんな言葉も私を幸せにした。
「今の看護師さんが不愉快な思いをして、せいやママの迷惑にならないよう、
○○さんと2人で否定しとくね。
せいやくんの事はいつも気になってるから、何かあったらすぐ言ってね。」
ありがとう、ありがとう。
ジーンとくる私…
オマケの話
同じ日、別の人から声を掛けられた。
「せいやママ、ジャズダンスやってるんだってね!?」
「…してません!!」
せいやの入院中、そして退院後しばらく… [2007]
せいやの入院中、そして退院後しばらく、私はせいやの毎日の体調や様子を記していた。
先日、その日記を読み返す機会があり、すっかり忘れていたかわいい出来事をみつけた。
「いちごを食べるときはかならずふたつに切ってからにしてちょうだい。
中にももたろうがいるかもしれないから。」
とすばるが言った、というのである。
この時、すばる2才。
なんてかわいいんでしょう!!!
まだまだ幼稚なところがある彼だが、さすがにこんなファンタスチックな発想は出てこない。
「ままが幸せ、って思うのはどんな時?」
子供に聞かれて
「2人の笑顔をみている時」
と即答した。
つまらない答えだとは思ったけど仕方ない。他に思い付かなかったんだもん。
私の祖母が亡くなった。 [2007]
私の祖母が亡くなった。
せいやにとってはひいおばあちゃん。
94歳という年齢から、いつか近い将来、この日がやって来ることは覚悟していたけれど…
祖母は花を育てるのを(いわゆるガーデニング)趣味にしていた。
暑い日も寒い日も、広い庭に毎日出て、水遣りや草取りを欠かさなかった。
食欲も旺盛で、間違いなく私よりも食べた。
甘いものには目が無くて、まさに別腹だった。
きっかけは転んで大腿骨を骨折したこと。
麻酔をすると身体がもたないだろう、と言われギプス処理になり、
果たして治るのだろうかと心配していたが1ヶ月で骨はしっかり付いてしまった。
しかしその間のねたきりの入院生活のせいで身体は衰え、心不全という形で亡くなった。
本当に!!
病院というところは時間が止まってしまったかのような、不毛の空間だ。
ドクターも看護師も、みんな数え切れない職種の中から、慈愛の精神でその職業を選んだのだろうに。
日々の忙しさからか、感情がなくなり機械化され、患者ではなく病気としか対面してない。
何度も祖母を見舞っては、ストレスを感じた。
「家に帰りたい」繰り返し口にした言葉は、せいやが入院中もよく聞いた。
ほとんどの日本人が病院のベットで亡くなる現在、このままで良い訳ないよ。と思わずにはいられなかった。
林間学校に行ってきた!! [2007]
林間学校に行ってきた!!
小学校六年間の行事の中で、一番難関であろう林間学校。
入学してから、(いつかはこの日がやってくる)とかなり怯えていた感がある。
実際どうだったのか?!
ひとことで言うと「感動~!!!」の三日間だった。
お天気は晴れ男のせいやのお陰?で気持ちの良い秋晴れ。
バスの中も含め、林間の主導権は子供達にあった。
開校式の進行やキャンプファイヤー、とにかくあらゆる場面で役割分担が徹底されていて、
しっかりと自分の役目をこなしていた。
楽しむときはみんなで楽しんで、5年生みんなの成長を感じずにはいられなかった。
親の立場からはウルウルものだ。
せいやは六時起床から十時の消灯まで、休憩する間も惜しんで「早くみんなと合流しなくちゃ」と
ほとんど車椅子に座りっぱなしだった。
そのせいやの車椅子を押すのは友達。
ケアを先生や看護師さんに任せて、私の出番はほとんど無かった。
三日間で一番嬉しかった出来事。
それはせいやが男友達と女子の部屋に遊びに行ったこと♪
「女子の部屋に行こう!」とクラスの男の子の発案にせいやも「行こう!」
しか~し!!クラスの女子の部屋は中二階にあり、階段が6.7段あるのだ。
どうしよう、
なんて思ってる間に、すごい勢いでせいやの姿は消えていた。
慌てて追いかけると、既に階段の下で「みんなで持ち上げるぞ~」と声を掛け合っている。
あぁ、なんて頼もしいの!!友達っていいなあ。
結局、そんなことを2往復して(笑)、他のクラスの女子から先生に告げ口され
(男女間の部屋の行き来は禁止らしい)、
スゴスゴと退散したのであった…(汗)
九月に入っても夏のような… [2007]
九月に入っても夏のような暑さが続く今日この頃。
ふと見上げた空はとおく澄んで、季節が秋になっていることを感じた。
わたしもせいやも自然が大好きで、せいやが事故に遭うまでは毎日の様に2人で外で遊んだ。
雑草を摘んでは名前を調べたり、虫捕りをしたり、鳥を観察したり。
バトミントンもした。サッカーもした。自転車の練習もした。
夏の暑さも冬の寒さも関係無かった。
こんな日常の幸せが続くものだと思っていた。
せいやは外遊びが大好きな子供でいると思っていた。
今、せいやは体温調節が出来なくなり、暑いときは38度、寒いときは34度…と外気にあわせて体温が変化する。
夏の暑さや冬の寒さに耐え切れず、そして車椅子の不自由さもあり、屋外で過ごすことはグッと減ってしまった。
せいやは泣き言を一切言わない。
だから私もせいやの前ではいつも前向き。
でも心の中にしまい込んでる無念な気持ちはすぐわかる。
隣りにいる私はどうすることも出来ない非情を悔しく思う。
お互い、現実を呪っても何の解決にもならない事を知っている。
常に気持ちを凛としていないと、混沌とした闇に落ちてしまいそうな恐怖がある。
心の奥底に涙をしまって、笑い合う母と子。
ある企業のTVCM。 [2007]
ある企業のTVCM。
不便なとき、手をさしのべる人がいれば便利は生まれる。
不安なとき、抱きしめてくれる人がいれば安心できる。
不満なとき、一緒に解決してくれる人がいれば心は満たされる。
人の世の「不」を解決できるのは、人しかいない。
見たことある人も多いかも知れない。
あまりにもステキな言葉に、画面に釘づけになってしまった。
普段私が感じていること…そのままを代弁してくれているみたいだから。
「障害」を負って生活していると、沢山の「不」が襲い掛かる。
自分ひとりで戦うには、相手はあまりにも多すぎる。
誰かが一緒に居てくれる、そう感じると肩の荷が軽くなる。力が湧いてくる。
このCMを起用したコンセプトは違うところにあるのかもしれないが、
慈愛を感じて嬉しくなってしまった。






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